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コラム 雪国って最高!

vol.60

 小学校に通う道ばたに、色水が流れている側溝があった。ずっと見ていると、違う色が流れ出す瞬間がある。そこに生まれるはっとするほど美しい色の組み合わせ。そんな流れは町中あちこちにあったような気がする。「色水の流れる町」に暮らすことにワクワクしていた子供時代。
 半世紀が過ぎてふるさとに帰ってきてみたら、色水の川は消えていた。
 でも春のある日、あの色水が生み出したたくさんの色を目にすることができた。市街地が着物姿の人たちで埋まっていたのだ。まるで屋外美術館。
 成人式の華やかな着物もいいけれど、ちょっと年上の人たちのさりげない着こなしが、さすが着物の町。あの色水はこの町の歴史と一緒に、町の地下を連綿と流れ続けていたのだった。

(2017年5月14日号)

vol.59

 雪囲いを外す時の気分は、ちょっと他に比較できないものがある。
 4ヶ月以上もの間縛り付けられていた縄を切った瞬間、裸の枝々が「ああ、窮屈だった~」と言いながら太陽に向かって伸びをする。止まる場所が増えた小鳥たちは、柔らかい風に揺れる細い枝先でブランコを始め、家の中が急に隅々まで光にあふれる。0度Cの真っ暗闇で眠っていたメダカたちが、活発に動き出し、子供たちが水辺をのぞきこむ。
 雪囲いを外す瞬間。それは雪国だけの特別のわくわく感。
 桜の開花もまだ先で、森には雪がいっぱい残っている。山菜はやっと最初の気配があるばかり。その頃が、一年中で一番幸せな季節のような気がする。
 雪囲いを外すのは、すっからかんの青空の日がいい。

(2017年4月15日号)

vol.58

 記憶の中にある遠い昔の冬は、白黒写真のように色がなかった。そしていつもシーンと静まり返っていた。雪が、全ての色と音を吸収してしまったかのように。やがて雪が溶けて数ヶ月ぶりに大地が顔を出す時、突然世界が色に満ちあふれたものだった。
 「氷に閉ざされた村への贈り物」という美しい副題のついた催しがあった。色のないはずの雪山に、たった一晩だけ光の花畑が出現したのだ。その花畑の向こうに次々と打ち上げられる華麗な花火は、待ち遠しい春への恋心。
 この町で知り合ったたくさんの友人たちと誘い合って山に行った。そこでホットワインを飲みながら一緒に分かち合う、幸せの思い出。冬は白黒ではなく、光と笑い声に満ちあふれているのだった。

(2017年3月16日号)

vol.57

 雪国は雪が降るから大変ですね、と雪の降らない地方の人に言われると、むっとすることがある。ここは、住んでいるだけで同情されるような土地ですか?
 雪は毎年降るもの。地震や台風とは違う。人々はどんな大雪にも準備ができている。道路の雪はあっという間に片付けられる。除雪車と流雪溝と人力の、見事に美しい連帯関係。そのすばらしいシステムは、見るたびに感動する。
 停電したこともない。 信号機も電線も、雪が積もらないように工夫されている。すごい技術だ。
 この完璧なまでの除雪融雪システムを持つ町に暮らしていることを、誇りに思う。雑踏の都会に住む方が、私にとってはずっと大変だ。雪が降らないから、春の輝きが弱くてお気の毒ですね、とお返ししよう。 

(2017年2月16日号)

vol.56

信濃川原で見つけたノイバラの実で作ったリースで Merry Christmas!

 雪待時。
 タイヤ交換終了。 庭木と窓の囲い完璧。 冬の準備完了。いつでも来い! そんな風に雪を待つこの季節、街はいつもと違う美しさに包まれる。芸術のような雪囲い。 軒下には大根が吊り下げられ、畑から最後の野菜が収穫される。雪国のヒーロー除雪車が、整然と並んで出番を待っている。
 せまり来る厳しい季節を前に、人々はたがいになんだか優しくなる。心がほわっ、とあたたまる連帯感。
 世界がすっぽり雪に埋まったら、ねこを膝に乗せてのんびり本を読もう。裸の木の枝に鳥のエサ場を作ってあげよう。 お天気のいい日には、子供たちとスノーマンを作ろう。
そして、スノーシューを履いて山に入ろう。
 もうすぐ白い妖精たちが地上に降り立つ。
 雪恋時。

(2016年12月15日号)

vol.55

 少年が指差した先にあるものを見て、一瞬目を疑った。枯れる寸前の花の周りを飛んでいるのは、ハチドリ? いや、ハチドリは日本にはいないはずだし、そもそもこれほど小さくはない。でも、飛びながら空中に静止し、花の蜜を吸うその動きは、世界一小さい鳥、ハチドリにそっくりだ。
 夢中でシャッターを切る私に、虫好きの少年が「興奮してるね」とあきれている。そうなんです。新種発見かもしれないとちょっとだけ思ったものですから。
 でも答えはネットですぐにわかってしまった。オオスカシバ。そういえば数年前の夏、クチナシの葉を全部食べてしまったのは、オオスカシバの幼虫だった。あの青虫がこんな美しい蛾になるなんて、知らなかった。
 間もなくやってくる厳しい季節に、雪に備える小さな生き物に愛しさを感じる、晩秋のワクワクした出来事。  

(2016年11月16日号)

vol.54

 中越地震を経験していないので、後ろめたさを感じている。この地に住まわせてもらっているのに、大きな極限状態を分かち合っていないという、ぽっかりと穴があいたような感じ。共通の認識、共通の体験を持たないことから生まれる、ある種の文化の違いのようなもの。
 最近、中越地震で大きな被害を受けた集落から、イベントの人集めに一日だけやってきた3頭のアルパカたちに出会った。ご苦労様です。一目惚れしました。
 復興を願って遠い国から贈られた優しい目をした生き物が、それもたった1時間ほどのところにたくさん暮らしているという。
 行ってみよう!山古志に。どんなところなのかわからないけれど、なにかとても気にかかるものがある。 

(2016年10月15日号)

vol.53

 夏休みの朝、英語あそび会を近所の子供たちと開催した。3歳から6年生まで、毎回5~8人くらいが集まってくれた。
 How are you? と聞くと、小さな子たちが何の躊躇もなくGood. Thank you! と答えるようになった。意味がわからないはずの英語の絵本も面白そうに聞いてくれて、全部で7冊読破した。英語のゲームをしながら数字を覚えた。
 外国語に対する構えができないうちに、勉強ではなく遊びや暮らしの一部として外国語にふれてほしかった。世界にはたくさんの言語があって、それぞれ文化が違う。でも友達になれるんだってこと、知ってほしい。
 夏が終わり、みんな学校や幼稚園に戻っていって寂しくなった。でも忘れていた遠い子供の日にかえったような、楽しい夏休みだった。

(2016年9月15日号)

vol.52

 そこは、深い森の奥にひっそりと隠れたおとぎの国だった。絵本の挿絵のような家から、今にも、大きな時計を持ったウサギが飛び出してきそう。 けっこう険しい山道を車で登っていくと、そんな家がいくつも次から次に現れてくる。
 どれも日本の古民家を改造した個人のお宅だとの事で、中を見ることはできないけれど、一軒だけティールームになっていた。大きな暖炉のある広々した空間で、ゆったりとお茶をいただく。さわやかな緑の風が吹き抜ける。
 冬はどんな風になるんだろう? 雪道運転に自信がないので、たぶんだめだと思うけれど、見てみたい。雪に埋まるピンクや緑の家々。
 山の中に、こんな集落がひょっこりと存在している、その不思議さ。センスのいい遊び心と贅沢さ。暮らしてみたい、と本気で思う。 

(2016年8月13日号)

vol.51

 玄関の上にツバメの巣が新築された。やがて黄色いくちばしが5個並ぶようになったが、数日後に一番最後に生まれた子が、1週間後には2羽目が落ちて死んでしまった。自然は厳しい。
 残ったヒナたちは、家の前を通る人たちに見守られながら育っていく。3週間後、巣立ち。家族5羽で飛行訓練。大空を自由に飛び回る喜びが全身から伝わってくるような、キューンという音が聞こえてくるような旋回飛行。
 そして暗くなる頃、裏庭の木のてっぺんで3羽一緒にうずくまって眠った。その木の下には、空を飛べなかった妹弟が眠っているのだった。
 ツバメは遠い国からやってくるんだから優しくしてあげなさい、友人はお母さんにそう言われて育ったという。ツバメたちを見ていると、人の心も優しくなる。 

(2016年7月15日号)

vol.50

 水辺の木の上に卵を産むモリアオガエルに恋して数年。産卵を目撃したくて、毎年初夏の山をさまよってきたものの、なかなか難しかった。
 1年前、そのカエルたちが大集合するというすごい場所を教えてもらった。そこは中腰になって進むしかない崖の縁で、足を滑らせたら2メートル下の池に落ちるという場所だった。
 そしてとうとう、5月末のある日、細い枝の先に今まさにほわほわの卵塊が生みだされているところに出会えた。この泡の中でオタマジャクシになって池に落ち、成長して森に帰っていく、不思議なカエルたち。
 出会えてよかった。また来年会いたいね。 ウグイスが鳴き、カワセミが飛ぶ森の中。我が家から20分もかからないその夢のような世界を独り占め。池の場所は秘密です。なにしろモリアオガエルは準絶滅危惧種ですから。 

(2016年6月15日号)

vol.49

 ここ数年気になっていたことを、ついにこの春決行。美人林の隣りにある「森の学校」 キョロロの会員になった。そしてあの不思議なキョロロの塔周辺の森を気ままに散策している。
 あこがれは、その名前の由来であるキョロロ~と鳴くアカショウビンに出会うこと。カメラを持って、ブナ林や水のほとり、ロープを使って降りる沢などをさまよう。
 実は、内緒ですけど、遭難しそうになったことがある。早春の頃、雪の上を歩いていたら、いつのまにか森に迷い込んでしまった。いくら歩いてもキョロロの塔が見えてこない。入山証に記されている電話番号に助けを求めようかと、相当本気で考えた。
 でも間違いなくキョロロ始まって以来の遭難は、恥ずかしすぎる。気を取り直してなんとか自力脱出に成功。自然を侮ってはいけないという教訓となりました。

(2016年5月15日号)

vol.48

 いつもより早い雪融けで、いつもより早いガーデニングのはじまり。3ヶ月間完全に雪に埋まっていた庭が、太陽の光を吸ってゆらゆらと揺れている。この冬の雪の少なさに文句を言って、一部でひんしゅくをかったけれど、でも1ヶ月も早い春の訪れはやっぱりウキウキ、ルンルン。
 冬の間に、春になったら何を植えようといろいろ考え暖めていた庭の計画がたくさんある。雪の中での待ち時間が、新たな力の源となって庭に注がれる。雪国の春の庭ほど輝いている庭が、他にあるだろうか?
 日に何度も外に出るたびに、あちこちでつぼみがちょっと膨らんで、葉っぱの緑がちょっと増して、新たな発見に驚きの声をあげる。 山だけでなく、庭がうふふと笑い出そうとしている。今まさに春。

(2016年4月15日号)

vol.47

 ここしばらく情報館でボランティアをさせていただいている。なれない手つきで書架の整理やシールの貼り替えなどをしながら、大量の本に、つまりものすごい量の知識に囲まれていることに、魂が満ち足りる。
 リサイクル本市があったときのこと。少年が図鑑や絵本の山から好きな本を抜き出して、両手で抱えきれないほど持ってきた。それを一緒に来たおじいちゃんに全部買ってもらっても、一冊50円。その子の笑顔を見ているだけで、幸せになった。
 映画「図書館戦争」のロケに使われた、我らが情報館。一階の子供たちのコーナーから見上げる空間がすごい。あれだけの本をいつか全部読みたいと、きっとそう夢見ながら大きくなっていく子供たち。本の中にある無限の世界を、探検してほしい。

(2016年3月15日号)

vol.46

 ひょっとすると有史以来最も雪の少ない年? 「いいあんばいだねえ」という声を聞きながら、なんだか不満。
 町にエネルギーがない、と友人が言った。その言葉にものすごく納得。夜明け前から響き渡る除雪車の轟音、大量の雪を積んで行き交う大型トラック。屋根の上や道ばたでもくもくと雪を消す人々。
 あれが、雪国の冬の活気だった。どんなドカ雪でも町の活動が止まることは決してなく、人々は勇敢に雪と闘っていた。そのパワー、そのエネルギーこそが、雪国の力の源だったのだ。このままでは、あの爆発的な春の輝きは期待できないかもしれない。
 幸い、雪まつりに向けて大型車が大量に移動を開始し、活気が戻ってきたようだ。まつりとそれに続く雪の行事にせっせと参加して、しっかり冬を味わっておこう。

(2016年2月14日号)

vol.45

 「雪が少なくてものたりない冬のはじまりです」と年賀状に書いたこの冬。私にとっての雪国をおさらいしてみたい。
 すべての音が雪に吸収されて、静けさに満ちた白銀の世界。暗くなってもなおほんのりと浮かび上がる、まっ白に埋まった家々。人々との間につながる不思議な連帯感。 吹雪の庭を眺めながら、暖かい部屋で読書する時のぬくぬく感。新雪の道路に描く♡マーク、にょろにょろ歩き。玄関先に立っていてくれるスノーマン。
 スノーシューで森に入ると、一生懸命生きている生き物たちの痕跡にふれることができる。そして数メートルの雪の下で、芽吹きの準備をしている植物を思う。大雪が消えたあとに一斉にやってくる春は、他の地では絶対に経験できない至福の時。
 まだまだ書ききれないほどある、雪国に暮らすことの幸せ。

(2016年1月15日号)

vol.44

 男縛りをマスターすることが、かっこよく雪国暮らしをするひとつの鍵だと、かねがね思っていた。そこで、庭の雪囲いに挑戦。などといったら笑われるレベルだけれど、アジサイやユキヤナギ20本ほどを荒縄で縛ってみた。
 男縛りはネットで調べて練習する。まずはこわごわと1回目を結び終わったら、なんだか枝の絞め方が緩すぎる感じ。やり直し。これでどうだ!
 そこにプロの庭師さん登場。もっと思いっきりぎゅぎゅっと絞めないとだめですよと丁寧に指導を受けた。
 というわけで、同じアジサイを3回縛った。その間に枝の中にひそんでいたらしき正体不明の虫に目の周りを刺されて、顔が2回も腫れ上がった。これは勲章です。
 なかなかの達成感。来年は低木の囲いはひとりで全部する気になっている。

(2015年12月16日号)

vol.43

地球上で最も美しい音は、なんでしょうか?
答え:子供たちの笑い声

 ウグイスも鈴虫も、モーツアルトも教会のパイプオルガンも、無邪気に笑いころげる子供の声にはかなわない。誰もが思わず微笑んでしまう、魔法の力を持つ美しい音。
 今年もハロウィーンの夜はそんな音で埋まった。都会の喧噪とは違う、本物の、子供のためのハロウィーン。思い思いのコスチュームを着た子供もお菓子を手渡す大人も、誰もがにこにこ、幸せが冬の入り口にさしかかる町を、すっぽりとおおった。
 政治家の皆さん、経済や軍事より先に、子供たちを笑顔にすることを最優先してはいかが? 平和の基準を、純真な笑い声に!
 地球の片隅にあるこの幸せな町は、もうすぐ冷たい雪に覆われる。その白い世界の中で、子供たちの笑い声が響いているだろう。

(2015年11月14日号)

vol.42

 所用でインドに行ってきた。太古の文明とイギリス統治の跡が複雑に混沌を織りなす不思議な国。おいしい食事。美しい民族衣装。子供たちの笑顔。ただ、水が致命的だった。インドの人が毒だとさえいう上水道。これにやられてしまった。
 日本に戻って、水道水で歯を磨けることにまず感激。水道の水をそのまま飲める!そん
な当たり前のことが、地球上の大半のところにはなかった。
 その安全な水のなかでも、この町の水道水は格別おいしい。ごくごくっと飲んで、あーおいしい! と言える水は日本でもそう多くはないと思う。
 それが雪のおかげだと思うと、これからやってくる雪に一段と親しみを感じてしまう。雪があるから水がおいしい。おいしい水に心が潤い、安らかに生きていける。

(2015年10月16日号)

vol.41

 「大地の芸術祭」という言葉の深さを感じながら過ごした夏。芸術は美術館でだけ鑑賞するものではなかった。細い崖っぷちの道を延々と運転して、そこに突然ぽっかりと現れた集落全体が作品だった。集落を覆うようにさわやかな風が吹いていた。別の集落の崩れかけた家の中で、衝撃的な作品に出会った。
 どれもが、まさにこの雪深い大地の中にあるからこそ完成される作品で、そこに暮らす人々と、太陽と土から生まれた芸術だった。
 夏が過ぎ、この山里を見る目が、確かに変わったと思う。緑濃い季節も、雪に埋まった季節も、その奥深くに、心に響く芸術を包み込んでいることを知ったから。
 三年後は、作品作りボランティアに参加してみたい。この土地は、いつも私に新しいわくわくを用意していてくれる。

(2015年9月16日号)

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